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十七社目 粟嶋神社


多賀神社を後にして、大根島、江島を渡り
内浜産業道路を米子市内へ走る途中
米子市彦名に粟嶋神社(あわしまじんじゃ)があります。
昔はその名の通り、島だったそうですが
江戸時代に干拓されて地続きになりました。
島全体がご神体で、そのころは麓に社があったそうです。

と、ここにも長い階段がー!!!
しかも今日一番の長い階段です。心臓破りだ。

最後の力を振り絞って、なんとか山頂まできました。
しめ縄は右頭の右巻きです。伯耆地方は右巻きですね。
しめ縄の左巻き文化は、やはり出雲地方独特のようです。
祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)。

少彦名命はとても小さい神様で
大国主命と共に国土の開拓、医療の普及をしながら
全国を回った神様です。
途中で天へ帰ってしまうんですが、帰る時に粟を蒔いて
その粟の穂に弾かれて天へ帰ったとされています。
その場所がここで、故に粟嶋というわけです。
彦名というこのあたりの地名も、少彦名命からきてるんでしょう。


本殿はきっちり大社造り。
夕日に映えていっそう荘厳な感じですが
近所の人が散歩がてらに寄られるコースらしく
「こんちはー」と挨拶しながらの参拝になりました。
知らない人にも挨拶しよう。....田舎ですねぇ(^-^)♪

粟嶋神社の西側には八百比丘尼(やおびくに)の伝説のある洞穴があります。
人魚の肉を食べた少女が800歳まで生きて尼になり、暮らしたという
伝説のある洞穴です。
他にも豊受大神が祀られた摂社があったり
米子という地名は、88歳になって子が生まれた人にちなんでついたとか
伝説やら説話やらがいろいろある神社でした。

長々続けて来た出雲巡りも次で最後です。
次は地元の氏神様たる勝田神社へ参ります。

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