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十三社目 熊野大社

意宇川沿いに県道を上っていくと、右手に熊野大社があります。

熊野大社は意宇六社の一つです。これで意宇六社は五社目。
熊野大社は出雲地方での総元締、出雲国一宮です。

kumano2.jpg
意宇川を渡ると拝殿が正面にあります。
しめ縄は左頭の左巻き。まさに杵築大社(出雲大社)と全く同じです。
その祭神はというと、
伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなこ)加夫呂伎熊野大神(かぶろぎくまのおおかみ)櫛御気野命(くしみけぬのみこと)。
伊邪那伎命の息子で、神々の祖である尊い櫛御気野命という意味の
長ぁ~い名前です。短く言うと須佐之男命です(^-^
熊野大社では、須佐之男命は農業の神様の神格が強いです。
これは大国主命にもいえますが、国土を拓いて回ったという
神話に基づくものと思われます。

元々熊野大社は熊野山(天狗山)にあったそうで
こちらが農業の神様として昔から祀られていたのを、時代が下ると
須佐之男命と合流して、今の位置に降りて来たとも考えられます。

kumano3.jpg
本殿を伊邪那美神社からみたところ。
佐太神社と同じく、本殿を挟んで左右に摂社を祀る形です。
手前が伊邪那美命を祀る伊邪那美神社。本殿から向かって左手になります。
奥が本殿です。
そして本殿の向こう、本殿から向かって右側には奇稲田姫(くしなだひめ)を祀る稲田神社があります。
奇稲田姫は八岐大蛇神話で有名な、足摩乳命(あしなずちのみこと)と手摩乳命(てなずちのみこと)ご夫妻の娘さんで
須佐之男命が大蛇に食われるところを救い、須佐之男命の奥さんになります。
ここの須佐之男命はおかんと奥さんに挟まれているわけですね~。
熊野大社が面白いのは、出雲大社との関係です。
毎年、古式新嘗祭の時には、わざわざ出雲大社から出雲国造が火をいただきに来ます。
これを鑽火祭(きりびさい)といいます。
この起源は、熊野大神が熊野山の神木を使って「ひきり杵」と「ひきり臼」を作り、天穂日命(あめほひのみこと、出雲国造の始祖)に与えたところから来ているそうです。
実際、熊野大社には鑚火殿という社があり、杵と臼を保管してあります。

この時、出雲国造は熊野大社に長さ1メートルもある餅を奉納するのですが
熊野の神職は「色が黒い」とか「形が悪い、小さい」と文句を言いまくります。
それでも出雲国造は頭を下げて「火を下さい」とお願いするのです。
また、出雲国造が代替わりする火継祭も同様に火を戴きに出雲国造が来られます。
このことから、熊野大社は日本火出初社(ひのもとひでそめのやしろ)ともいわれます。

もう一つ。神在祭の時、稲佐の浜に来られた龍神様を出雲大社までお連れする際
一行は熊野大社の出張所たる宮に寄られます。
熊野は避けて通れないわけです。

出雲国造は平安時代までは今の杵築ではなく、意宇にいたこと
杵築大社(出雲大社)にそもそも新嘗祭や火継祭の準備が無いこと
杵築と熊野の関係
出雲国造が天孫系の血であること
国譲りの神話
これらを考えると、古代の壮大なしかけに翻弄されているような感覚になります。

kumano4.jpg
これが某国国家で有名な「さざれ石」だ!
さざれ石とは、小さい石灰岩の固まりなんだそうで。
この石が巌なのかは分かりませんが、この石に苔がむすくらいまで
国が長く続くといいですね。
べ、べつに右翼なわけじゃないんだからねっ!

Comment

「さざれ石」ってどこでも見ますけど、そんなに沢山あるものなんですか?ちなみに私は下鴨神社で見かけました。
  • 2007/06/15 13:08
  • ayame
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  • Edit
どこでも観るもんなんですね。
おれはここで初めて見ました。
下鴨神社にも行ったことあるんだけどな~(笑

さざれ石の元の石灰石(岩)自体は
珍しいものではないですよね。
鍾乳洞なんかは、石灰岩だらけなわけだし。
気づかないだけで、結構あるのかもしれないですね。
  • 2007/06/17 16:24
  • たねち
  • URL
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