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意宇の杜

国道9号線に戻り、松江へ向かいます。
途中竹矢の交差点を左折、山陰道をくぐって左手に
田んぼの真ん中にポツンと木が茂っています。

ここが意宇の杜(おうのもり)です。

出雲国風土記の有名な一節に、国引き神話があります。
出雲国を造った八束水臣津野命(やつかみづおみつぬのみこと)が
国を広げるために余った土地がないかなぁ、と探すと
新羅に広い土地を見つけます。
そこで三瓶山を杭にして、大繩を引掛けて土地をたぐり寄せたのが
いまの島根半島西側、支豆支の御埼(きづきのみさき)。
さらに、北門良波国(きたどのよなみのくに)から闇見国(くらみのくに)を、
北門佐伎国(きだどのさきのくに)から狭田国(さだのくに)を引き寄せます。
最後に越国に余った土地を見つけ
大山を杭にして、たぐり寄せた土地が三穂埼(美保関)といわれています。
ちなみに、美保関をたぐり寄せた大繩が弓ヶ浜半島です。

そうして国を引張ってくること四回
国も十分大きくなって満足した命は
森に杖を突き立てて、「おうぇ(終了!)」と言いました。
これが由縁で出雲東部地域を意宇といい
突きたてた杖の場所が、ここの意宇の杜だそうです。
ou1.jpg
写真では分かりづらいのですが
右手下に小さい祠があって、お供え物もありました。
この日は風がとても強かったせいで
道路と杜の間の小さい用水路に落ちかけました。
お参りに来て不幸になっちゃ、意味がない...。

八束水臣津野命は古事記/日本書紀には出てきません。
出雲国風土記と古事記/日本書紀との間で
記述に違いがある事は、いろんな方が指摘しています。
地方に古くから伝わる伝承と中央政府編さんの歴史書とは
いろんな部分で相容れない所があるようです。

次はこのままもう少し南下した所にある
意宇六社の一つ、六所神社を訪ねます。

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