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四社目 命主神社

命主神社は出雲大社の境外摂社です。
正式には神魂伊能知奴志神社というそうです。
場所は古代出雲歴史博物館の北側
北島国造家から少し東側へ行ったところ。
民家の間にあって目立たないので
行き過ぎかけました。

inotinusi1.jpg
祭神は神産巣日神(かみむすびのかみ)。
造化三神の一柱で、小さいですが
その名に恥じない立派な大社造りの社です。

大国主命は兄たちに憎まれて
伯岐国(ははきのくに:伯耆国)の手間山の麓で
だまし討ちに遭い、命を落とすのですが
神産巣日神が蚶貝比売(きさがいひめ)と
蛤貝比売(うむかいひめ)を使わせて
大国主命を蘇らせます。
こういった要所要所で大国主命を
助けたから祀られているようです。

大国主命が憎まれた発端は
因幡の素兎と八上比売(やがみひめ)が
原因なんですよ。

これは後で知ったのですが
大国主命が命を落とした伯耆の手間山は
鳥取県会見町の手間山だそうです。
ここに焼かれた大石を祀る
赤猪岩(あかいわ)神社があるそうです。
今度行ってみよ。
命主神社社殿裏に大岩があったそうで
出雲大社造営のため切り出された際に
そこからヒスイ製の勾玉と銅戈(どうか)が見つかったそうです。
その場所には真名井遺跡と書いた標識がありました。
出土したヒスイは糸魚川産と判定されたそうで
昔、出雲地方と越(高志)とで
交易があったことをうかがわせます。
神話でも大国主命が越国の奴奈河比売(ぬなかわひめ)と
結婚する話もありますので、神話を裏付けるかたちです。
この二柱の間のお子様が建御名方命です。

またまた余談になりますが
建御名方命が建御雷命に追われて
越から諏訪まで逃げた経路と
海洋民族の安曇族が信濃に至る経路が
重なるという指摘があります。

経路こそ違いますが、俺は伯耆→信濃という
同じ地域をたどってるわけですね。
う~ん、まんだむ。

話はどんどん脱線して。
出雲大社に戻るのですが
出雲大社本殿横には筑紫社があります。
ここには多紀理比売命(たぎりひめのみこと)が祀られています。
この女神は九州は宗像三神の一柱で
古事記には大国主命と結婚したとあります。
命主神社裏からヒスイと共に出土した銅戈は
北部九州のそれの特徴があるそうで
神話も合わせて考えると、越-出雲-筑紫の
日本海交易ルートがうかがえます。

このとき降りだしそうだった雲から
大粒の雨が降り出しました。
軒先借りて雨宿りしても、止みそうにありません。
なんてこったい。
雨に降られつつ、稲佐の浜へ出て、須佐神社へ参ります。

Comment

はじめまして♪ 「出雲の命主神社」で検索してのご訪問です。
たいへん興味ぶかい記述をされていますのでmyブログへその一部を引用させて頂いてよろしいでしょうか? 用件のみの唐突なる無礼をどうぞお許しください。(^^!)
コメントありがとうございます。
思うがままに任せた乱文ですが、お役に立てそうであれば
引用していただいて結構です。
  • 2009/02/04 02:28
  • たねち
  • URL
  • Edit
こんばんわ♪ ご無沙汰を重ねています。(^^!)
やっと<たねち様>のコメントを書き入れました。私の知りたかったことの全てがあり。とても役に立ちました。ありがとう御座いました。記事は<驚愕の(島根半島)出雲竜・Ⅰ>の【竜と銅・第八弾】です。今後のご教示を頂けたら幸いです♪
Mr.平 素人 さま
ただの素人の戯言に付き合って頂きまして
ありがとうございました。
今後もどうぞよろしくです。
  • 2009/02/15 17:47
  • たねち
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