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三社目 出雲大社

再び431号線に合流して、西進します。
kizuki1.jpg
途中、山陰唯一の私鉄一畑電鉄と並走。
古い車両ですねぇ(^-^;

ついに来ました出雲大社
後で見ようと思っている古代出雲歴史博物館の駐車場へ入れて
とりあえず大社に先に参ります。

松並木を抜けて、銅の鳥居をくぐると拝殿です。
拝殿前の銅鳥居は毛利家が寄進したそうで、銘文もあるんですが
漢文を諦めた俺にはちんぷんかんぷんです。
kizuki2.jpg
大社のしめ縄は、向かって左が頭の左巻き。
これは日本一といわれる神楽殿の大しめ縄も一緒でした。
しかも拝殿は本殿から向かって左へオフセットして建っています。

参拝方法も知ってる人は知っている、二礼四拍手一礼。
ちなみに、出雲のすべての神社が四拍手なわけではありません。

kizuki3.jpg
本殿正面です。
正月なら、この八足門が開放されていて、お庭に入れるのですが。
八足門の雲(?)の彫刻もすごいです。
石畳にある赤い3つの丸は、発掘された宇豆柱を描いたものです。
昔は「雲太、和二、京三」の順で、建物の高さが高かったそうです。
雲太は出雲大社、和二は東大寺大仏殿、京三は平安京大極殿です。
その高かった出雲大社本殿は、3本の柱をくくったものを9セット作り
その上に本殿があったそうな。
実際に発掘された宇豆柱が古代出雲歴史博物館にあります。
kizuki6.jpg

高い社は大国主命が国譲りに際して要求した項目です。

余談ですが、この要求の中に天穂日命(あめのほひのみこと)を大国主命の祭祀者とすることがあります。
この天穂日命が現在の出雲国造(千家家、北島家)の祖先です。
ここで参拝終わりじゃありません。
主祭神の大国主命(おおくにぬしのみこと)は横を向いているんです。
本殿は南向きなので、大国主命は西を向いている格好です。
なぜかは諸説紛々。
というわけで、西向きの大国主命を正面から拝める場所があります。
kizuki4.jpg
ちゃんとお賽銭を入れる場所もあります。さすが。
ですので、拝殿、本殿以上に念入りに拝んでおく事をお勧めします。

これは後で気づいたのですが
八重垣神社の本殿内写真を見たときも、本殿内の仕切りの様子が
出雲大社のそれと一緒でした。
八重垣神社の須佐之男命も横を向いていることになります。
ということは、柱9本で作られる大社造りの本殿の場合は
祭神はすべからく横向きということなんでしょうか...
kizuki7.jpg

まだ終わりません(w
本殿後ろの素鵞社(そがのやしろ)です。
kizuki5.jpg
実は、個人的に一番ビリビリ霊気(?)を感じるのがここで
大社参拝時の大本命なのです。(ただ単に少し涼しいから、というのもあります)
祭神は須佐之男命です。
先の銅鳥居には杵築大社(出雲大社)の祭神は須佐之男命と記されています。
江戸時代くらいまでは、大国主命ではなく
須佐之男命が主祭神だったようなのです。
なぜ変わったかは分からないのですが、この話だけでも
素鵞社を素通りするのは、大変もったいない事です。

西側には神楽殿があって
ここの大しめ縄と国旗掲揚用ポールは一見の価値ありです。
でかいです。
特にポールの高さは昔の出雲大社本殿とほぼ同じです。
俺が見に行った時には、神楽殿でちょうど結婚式の最中でした。
お幸せに♪

出雲大社は人出や観光客も多くて、美保神社佐太神社に比べると
少し俗っぽい感じがしなくもないです。
素鵞社を除いて。あそこは空気が違う感じがします。
次は古代出雲歴史博物館を見てから命主社へ参ります。

Comment

そういや、諏訪大社も変わった礼儀だった気がする。看板立ってた。
下諏訪に彼女いたから、お参りしたなぁ。いまどうしてるんだろw
諏訪大社は参ったけど、特に気にならんかったなぁ。
また気にしとくわ。
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