童夢のWebで、この、あたりなんかを見てると
日本のモーターレーシングに対して、諦めムードなんですよね。
かなり前から、林社長が日本のモーターレーシングに憂いというか、諦めを持っておられたのは
いろんなメディアから知ってたんですが
今回のヘコみ具合はターボかかってますね。
こちらのインタビュー記事でも似たような事をおっしゃっています。
個人的には童夢のファンだし、それ以上にモーターレーシングが大好きなので
社長がおっしゃる内容は、内情のドロドロした所は別にして、とてもよく分かります。
おれも言い出したらキリがないんですが
一例を挙げるなら、国内の自動車メーカ各社で「スポーツカー」と言われる車種が
何種類ありますか?
右を向いても、左を向いても、SUV、ミニバン、デートカー。
え?SC430?あんなの金持ちヂヂイかアホボンの道楽でしょw
え?Z?あれはグランツーリスモでしょう?サーキットを走る車じゃないょw
え?NSX?もう売ってないじゃんw
そんな車"しか"売ってないくせに、一方ではSuperGTなんぞやっていて
いったい自動車メーカは何がしたいんでしょうね?
金が儲かりゃいい、流行を追った車を作ってればいいってスタンスが
国内レースの空洞化の一因な気がするな。
日本のモーターレーシングに対して、諦めムードなんですよね。
かなり前から、林社長が日本のモーターレーシングに憂いというか、諦めを持っておられたのは
いろんなメディアから知ってたんですが
今回のヘコみ具合はターボかかってますね。
こちらのインタビュー記事でも似たような事をおっしゃっています。
個人的には童夢のファンだし、それ以上にモーターレーシングが大好きなので
社長がおっしゃる内容は、内情のドロドロした所は別にして、とてもよく分かります。
おれも言い出したらキリがないんですが
一例を挙げるなら、国内の自動車メーカ各社で「スポーツカー」と言われる車種が
何種類ありますか?
右を向いても、左を向いても、SUV、ミニバン、デートカー。
え?Z?あれはグランツーリスモでしょう?サーキットを走る車じゃないょw
え?NSX?もう売ってないじゃんw
そんな車"しか"売ってないくせに、一方ではSuperGTなんぞやっていて
いったい自動車メーカは何がしたいんでしょうね?
金が儲かりゃいい、流行を追った車を作ってればいいってスタンスが
国内レースの空洞化の一因な気がするな。
すごく悲しいニュースです。
コリン・マクレーがヘリコプター事故で亡くなりました。
しかも息子さんも同乗してたそう。
その昔、BS1でやってたWRCを観はじめた時
インプレッサを操るコリンの走りに衝撃を受けました。
他のドライバーが普通にドリフトして抜けていくコーナーを
コーナーに入った時には既にカニ走り状態なんだもんw
クラッシュも派手で、ついたあだ名が「マクラッシュ」
ラリー界のナイジェル・マンセルとでも言いましょうか
(そういえば、マンセルもイギリス人...スコティッシュではないけれどw)
そんな素敵な走りを魅せてくれたのに
引退して間もなく、事故死だなんて...
家族との時間もこれからだっただろうに。
モーターレーシング界にも衝撃だったようで
こちらで各氏のコメントを見る事ができます。
特に、スバル時代のボス、デヴィッド・リチャーズは
この訃報を聞いた後、自らもヘリの事故に遭っています。
無傷だったようで、なによりです。
ヘリの事故と言えば、九死に一生を得たアレッサンドロ・ナニーニも有名です。
ドライバーの皆さん、レース中の事故もですが、オフの事故にも注意して下さいね。
あなたたちは、憧れなんですから。
コリンのご冥福をお祈りします。合掌。
コリン・マクレーがヘリコプター事故で亡くなりました。
しかも息子さんも同乗してたそう。
その昔、BS1でやってたWRCを観はじめた時
インプレッサを操るコリンの走りに衝撃を受けました。
他のドライバーが普通にドリフトして抜けていくコーナーを
コーナーに入った時には既にカニ走り状態なんだもんw
クラッシュも派手で、ついたあだ名が「マクラッシュ」
ラリー界のナイジェル・マンセルとでも言いましょうか
(そういえば、マンセルもイギリス人...スコティッシュではないけれどw)
そんな素敵な走りを魅せてくれたのに
引退して間もなく、事故死だなんて...
家族との時間もこれからだっただろうに。
モーターレーシング界にも衝撃だったようで
こちらで各氏のコメントを見る事ができます。
特に、スバル時代のボス、デヴィッド・リチャーズは
この訃報を聞いた後、自らもヘリの事故に遭っています。
無傷だったようで、なによりです。
ヘリの事故と言えば、九死に一生を得たアレッサンドロ・ナニーニも有名です。
ドライバーの皆さん、レース中の事故もですが、オフの事故にも注意して下さいね。
あなたたちは、憧れなんですから。
コリンのご冥福をお祈りします。合掌。
元ネタが日経ビジネスオンラインなので
会員登録しないと見れないかも知れませんが
北京モーターショーに出展されている”自主開発”の中国車は
デザイン似過ぎ...っていうか
あからさまにやり過ぎやろ!
VitzにCR-Vにテリオスに....
「同じ型からとったんですか?」
っていうくらいに似過ぎてます。
似過ぎを通り越して、パクリやん。
さすがは中国。
いや、日本だって人の事言えませんよ。
BMW7シリーズとマークXとか
その昔はポルシェとRX-7(FC)とか。
真似するのはものづくりの第一歩ですから
真似を否定はしませんが
まるっきり猿真似じゃ、作る意味がないです。
日本車のデザインもパクられるようになった
ってことでしょうか。
それにしても、やり過ぎですねぇ(^^;
会員登録しないと見れないかも知れませんが
北京モーターショーに出展されている”自主開発”の中国車は
デザイン似過ぎ...っていうか
あからさまにやり過ぎやろ!
VitzにCR-Vにテリオスに....
「同じ型からとったんですか?」
っていうくらいに似過ぎてます。
似過ぎを通り越して、パクリやん。
さすがは中国。
いや、日本だって人の事言えませんよ。
BMW7シリーズとマークXとか
その昔はポルシェとRX-7(FC)とか。
真似するのはものづくりの第一歩ですから
真似を否定はしませんが
まるっきり猿真似じゃ、作る意味がないです。
日本車のデザインもパクられるようになった
ってことでしょうか。
それにしても、やり過ぎですねぇ(^^;
最近F1を観ていなかったので、この記事にびっくりしました。
FIAはタイヤサプライヤを
入札によって1メーカに限定することで
チームの金銭負担を軽減する事を目的としているようです。
結果、ブリヂストンは2008年〜2010年まで
唯一タイヤの供給を行うことが決定しました。
ミシュランはこの件に否定的で
「タイヤ供給の独占権をもたらすようなF1のレギュレーション変更は、まったく
本質に反している。F1はモータースポーツの進歩の手段として、最新テクノロ
ジーを競争させる場所であるべきだ」
とのコメントを出しています。
すでにミシュランは今シーズン限りで撤退するようで
来期からブリヂストンのワンメイクになると思われます。
FIAはタイヤサプライヤを
入札によって1メーカに限定することで
チームの金銭負担を軽減する事を目的としているようです。
結果、ブリヂストンは2008年〜2010年まで
唯一タイヤの供給を行うことが決定しました。
ミシュランはこの件に否定的で
「タイヤ供給の独占権をもたらすようなF1のレギュレーション変更は、まったく
本質に反している。F1はモータースポーツの進歩の手段として、最新テクノロ
ジーを競争させる場所であるべきだ」
とのコメントを出しています。
すでにミシュランは今シーズン限りで撤退するようで
来期からブリヂストンのワンメイクになると思われます。
ついにこの日が来た。
マイケルがセナの記録を抜く最多ポール記録樹立。
セナの打ち立てたポールポジション記録65回。
最後のポールポジション獲得は1994年サンマリノGP。
次の日の決勝で、彼は帰らぬ人となった。
その瞬間を一番近くで目撃したマイケルは
次のモナコGPで自身初のポールポジションを獲得。
皇帝と言われる彼の時代となる。
それから6年後。
2000年のモンツァでセナの持つ優勝記録に並んだ時
記者会見の場でマイケルは涙した。
セナとマイケルは決して仲が良いようには見えなかったが
過去の出来事、セナへの思い
セナ亡き後の決意、今の自分。
沢山の事柄が去来していたに違いない。
そして、2006年。セナの死後12年。
舞台は再びイモラ。
彼の銅像が佇むイモラで、セナの記録を塗り替える
最速の証、ポールポジション記録66回、達成。
マイケルの心の中で
絶対にポール新記録への思いがあったに違いない。
この記録のために
マイケルは今期も走る決意をしたのかも知れない。
自分とセナとの因縁に、自分なりにけじめをつけるために。
「セナは僕のアイドルだった
カートに乗っていた幼い頃から
それが僕のセナに対する思いの全てだ」 M.シューマッハ
花道はできた。
マイケルの時代は終わる。
マイケルがセナの記録を抜く最多ポール記録樹立。
セナの打ち立てたポールポジション記録65回。
最後のポールポジション獲得は1994年サンマリノGP。
次の日の決勝で、彼は帰らぬ人となった。
その瞬間を一番近くで目撃したマイケルは
次のモナコGPで自身初のポールポジションを獲得。
皇帝と言われる彼の時代となる。
それから6年後。
2000年のモンツァでセナの持つ優勝記録に並んだ時
記者会見の場でマイケルは涙した。
セナとマイケルは決して仲が良いようには見えなかったが
過去の出来事、セナへの思い
セナ亡き後の決意、今の自分。
沢山の事柄が去来していたに違いない。
そして、2006年。セナの死後12年。
舞台は再びイモラ。
彼の銅像が佇むイモラで、セナの記録を塗り替える
最速の証、ポールポジション記録66回、達成。
マイケルの心の中で
絶対にポール新記録への思いがあったに違いない。
この記録のために
マイケルは今期も走る決意をしたのかも知れない。
自分とセナとの因縁に、自分なりにけじめをつけるために。
「セナは僕のアイドルだった
カートに乗っていた幼い頃から
それが僕のセナに対する思いの全てだ」 M.シューマッハ
花道はできた。
マイケルの時代は終わる。
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